リョウジの半生・プロフィール

こんにちは、リョウジです。
2017年1月現在:26歳

生い立ち


By:neruo dokodemo

1990年10月8日生まれ
現在は大阪在住ですが生まれも育ちも高知県です。
 
幼少の頃は外で遊ぶのが大好きな活発な少年で、
しょっちゅう、暗くなるまで学校のグラウンドで友達とサッカーをしていました。
今では、その学校も生徒が少な過ぎて閉校に、、、これも時代の流れですね。

その後、普通に中学生になり高校生になりました。
高校時代は特別これといったこともなく、平凡なものでした。

 

そして卒業し、子供の頃から料理が好きだったので調理師学校に入学しました。
僕は勉強が大嫌いな学生だったので大学に行くという選択肢は頭に無かったです。
専門学校を卒業した後は高知の小さいイタリア料理店に就職しました。

 

 

社会人となる


By:halfrain

初めてバイト以外の仕事をすることになったこのイタリア料理店、
なかなかハードな仕事場でした。まあ飲食業全般に言えることですが、完全にブラックです。
休みは週一回水曜日のみ。就業時間は8:00~23:00月換算約390時間。
もちろん残業代は0。社会保険なんかある筈がありません。
 
馬車馬の様にコキ使われて得られる給料は手取りで12万程度。
朝起きる→仕事→帰って寝る→起きる→仕事→繰り返し→ひたすら繰り返し

 

某地下王国ばりの待遇をして頂き地獄の様な毎日でしたが、
専門学校にも行かせてもらったのにここで辞めるわけにはいかない。
そもそも自分が好きでこの仕事を選んだんだから頑張らないと!
そう思って我慢して働きました。

 

 

しかし、3ヶ月ほど勤めた時にふと考えました。
一応、当時の僕の夢は自分の店を持つことでしたが、独立するのは恐らく早くて30手前。

という事はこれから10年間1日15時間労働を繰り返すのか?
それって本当に自分のやりたいことなのか?

 

こう考え出すといよいよ辞めたくて仕方がなくなり、結局4ヶ月でギブアップしてしまい、
2~3ヶ月フラフラした挙句逃げる様に大阪へ出てきました。

 

 

大阪へ


By:jpellgen

そうやって出てきた大阪では特に目的もなく
数年バイトとギャンブルだけをして、バイトで得た金でギャンブルをして金を失う。
これの繰り返しで貯金も出来ず、本当にゴミの様な生活を続けていました。
しかしある日、この生活にも転機が訪れます。
 
当時、パチンコ屋でバイトしていた僕が遂に正社員になることを決意するのです。
早速、ネットで見つけた求人から2社に応募し面接を受けました。

 
ただ、社会というのは当時の僕が思っているほど
甘くなく職歴も学歴も能力も無い人間は相手にもされません。
そのうえ、本音を言うと会社員にはなりたくなかったので
面接にも一切、身が入らず受け答えもまるでダメでした。

 

では何故、僕が会社員になろうとしたのかというと
普通の会社員になれば周りに認められると思っていたからです。
みんなと同じ普通の会社員になって周りに認められたい。
 
数年に渡るフリーター生活の影響でそんな欲求に飢えていたのでしょう。
ただそれだけの為に、当時の僕はやりたくもない仕事に就こうとしていました。
そんな何の価値もないモノの為に自分の未来を犠牲にしようとしていました。
 
今考えると、本当に馬鹿な話です。

 

 

その後もいくつか面接を受けますが結局、就職先が決まる事はなく
この頃から、自分は社会から弾かれてしまったのでは?と考える様になりました。
 
それは、単に就職先が決まらないからというだけでなく
面接で相手の言っている言葉(法人やルート営業等)の意味が全く分からず
一般常識の試験なんかも全然出来なかったからです。
 
面接官が当たり前の様に使う言葉が分からない。
社会人なら誰でも分かるであろう敬語やマナー、挨拶が分からない。
面接先の人達が違う世界の住人に思え、
一度レールを外れるとそう簡単には元のレールに戻れないのだということを実感しました。

 
この時、自分が社会に受け入れられないということに気付き
それなりのショックを受けましたが、同時に少し気が楽にもなりました。
元々なりたくなかった会社員にならなくていい(というかなれない)からです。

 

 

自分の中から会社員という選択肢が消えたことで
開き直ることができ、自分は無理して世間に合わせようとせず
自分自身がしたいことをして、生きたい様に生きれば良いのだと思える様になりました。

 

今思うと、この時就活に失敗したのはラッキーだったのかもしれません。

 

 

スロプロ生活


By:Raging Wire

それから、好きな様に生きると決めた僕はまず金を稼ぐ方法を模索しました。
バイトは論外だし、正社員も無理なので自分の力で稼ぐしかありません。

とりあえず、自分のパソコンで 金儲け 一攫千金 稼ぎ方 賞金 etc…とお金関係のキーワードで調べまくったところ、なにやらパチンコやスロットで稼げるという情報を見つけました。
 

フリーター時代に散々痛い目に遭っていたので
最初は全く信じていませんでしたが、詳しく調べてみると多くのスロット、
パチンコブログがあり、そこに書かれている情報は納得のいく信憑性のあるものでした。
(具体的には期待値を意識した天井・ゾーンのハイエナです)
 
この頃はバイトも辞めていたので
お金が無く家賃、電気、ガス、水道、携帯、
全て1ヶ月滞納した状態で2ヶ月目の支払いが迫っている時だった為、
早急にお金が必要だった僕はこのパチスロ必勝法に賭けてみることにしました。

 

もちろん軍資金なんか手元に無かったので
フリーター時代に作った楽天カードのキャッシングで18万借りました。
こうやって文章にすると完全にイカれたギャンブラーですね。
 
当時、カードの枠は20万だったのですがいざという時の為に2万だけ残しました。
普通に考えてこの状態で2万の枠を残したところで意味があるとは思えませんが、
恐らく当時の僕は何か保険の様なモノを作っておきたかったのでしょう。
 

ちなみに、借りたのは18万ですが
とりあえず先月の家賃やら何やら払うのに8万使った為、実際の勝負金は10万です。

 

 

スロプロデビュー

借りた10万円を握りしめ勝負に向かいます。
2013年10月27日が僕のスロプロデビューの日です。
この日が僕のこれからの人生を決めた日といっても過言ではないでしょう。

 

この日は必勝法(ハイエナ)に従い、1日中台を探して打ちました。
フリーター時代の様な遊び打ちでは無く勝つ為に、稼ぐ為に打ちました。
それはこの日だけでなく10/27~10/31まで毎日打ちました。
 
その結果がこれです。


 
10月の5日間で計56,000円稼ぎました。当時の僕からすると大儲けです。

 

この時は、本当にスロットで稼げるんだということを実感し興奮しました。
しかし、実際のところ10月の5日間に関しては単に運が良かったというのもあります。
初めたばかりだったので立ち回りがかなり甘く今思い返すとよく勝てたなという感じです。
 

それと、29日に23,000円負けていますが、
もし、この負けが27日に来ていたら僕はスロットで稼ぐことを諦めていたかもしれません。
そうなっていたら僕の人生は大きく変わっていたことでしょう。
 
そう考えると少しゾッとします。

 

とにもかくにも、10月が上手くいったため、そのまま11月も継続してスロットを打ちました。
その結果がこちら

11月だけで見事358,000円を稼ぎました。
この月で完全にスロットで稼げるということを確信しさらに突っ走ります。

 

12月

なんと、たったの27,000円w
この月は11月に大勝ちしたことで気が抜けてしまいダラけていたんだと思います。

 

しかし年が変わって1月
 

見事復活して、334,000円の大勝です。

 

そして、大勝ちした翌月勝負の2月

234,000円とまずまずです。同じ轍は踏みません。
 
この頃になると社会に認められたいという欲求は完全に失くなり、
自由に生きることが出来ている充実感と社会に拘束されない開放感に満ちていました。

 

そして3月

歴代最高額となる598,000円です。
この月は確か23日に獣王で万枚を出しました。

 

そして4月

163,000円と微妙。この月も4日に獣王か転生で万枚を出しました。
この月の末辺りから僕が活動していた地域でライバルが増え始めます。
 
スロットで稼ぐのは非常に簡単で誰にでもできる為、飽和しやすいという欠点があります。
これは、ビジネス全般に言えることですが稼ぎやすい(参入障壁が低い)ものほど短命です。
 

その為、この頃から僕はスロット以外で稼ぐことを考える様になります。
時間の合間を縫ってスロットの稼ぎ方を見つけた時の様に、ひたすらググります。
しかし、今回はなかなか良いのが見つかりません。

 

そうこうしているうちに5月になります。

この月もしっかり勝ってはいますが、相変わらずライバルは増え続けます。
せどりでいえば、稼げる商品に出品者が群がって増え続けている状態です。
飽和すれば結局大して稼げなくなるのですが参入者は止まりません。
 

しかし、翌月の頭になって
ようやく次のビジネスを発見し、僕はスロプロ引退を決断します。

 

6月スロプロ引退の月

この月はほとんど打っていませんが勝っていますね。
このまま、スロプロを続けてもまだ稼げましたが、僕は早めに次に行くことにしました。
 
収入を失う危機感からというのもありますが、
若干スロプロに飽きてきていたので新しいことをしたかったのです。
 

結局、スロプロ自体は1年もしませんでしたが、
組織に属さなくても自分の力でお金を稼いで生きることが出来る。
世間のレールになんか乗る必要はない。という事を身を以て学び理解しました。

 

実際に自分でリスクを負い
考え実践し、成功することにより得た経験は
自分にとって大きな自信となりその後の原動力となっています。
今でも僕は、この時スロプロをやって本当に良かったと思っています。

 

ちなみに、スロットパチンコ業界は昨今の様々な規制により、数年前と比べ
格段に稼ぎにくくなった為、今から僕と同じ様なことをするのはお勧めしません。

 

そして、僕はスロットで稼いだ金を持って次のビジネスに進みます。

 

 

転売屋転身


By:khrawlings

パチスロで稼いだ約200万円を僕は次なるビジネスに全て投資することにしました。
そして、その次なるビジネスというのがせどりです。
個人的にせどらーという言葉が嫌いなので転売屋といいいますが、同じ意味です。
 

パチスロの次にせどりを選んだ理由としては、
・パチスロと比べ程良く難易度が高い
・比較的少ない資金で出来る
・利益(結果)が出るのが早い
・やり甲斐がありそう

 
といったものです。

 

最初はせどりの中でもブックオフで仕入れを行う本・CDせどりを実践しましたが、
1つ1つバーコードを読み取って本やCDを探しますがまあ見つかりません。

さすがに効率が悪過ぎるので本・CDせどりは諦め、電脳せどりに力を入れることにしました。
電脳ならパソコン1台あれば家で完結し、1日中商品をリサーチすることができ、
家の立地も移動手段も関係なく日本中から仕入れを行うことが出来ます。

 
しかし、この電脳もなかなか商品が見つからず、
少しでも早く結果を出したかった僕はコンサルティングを受けることにします。
コンサルをしてくれる方は東京にいたので
大阪から夜行バスで東京に向かい1日コンサルを受講しました。
 
すると、このコンサルをキッカケにコツを掴み
面白い様に商品が見つかる様になると、あっという間に
月商は100万円を超えせどりだけで生活出来るようになりました。

 

 

それからは、しばらく1人でせどりを行い
のんびりしていましたが事業を大きくしたくなり、人を雇うことを決断します。
 
しかし、会社員の経験もなく
バイトしかしたことが無い僕がいきなり人を雇っても
上手くいくはずがなく、雇用直後はガツンと収入が落ち大変なことになりました。
 
パチスロ時代〜転売屋時代まで安定して手取り20~30万は稼いでいたのに
一時期手取り10万円にまで落ちてしまい、この期間は中々ハードな毎日でした。
 

この時点で人員は僕を含め2~3人を行き来している状態でしたが、
しばらくするとスタッフも定着し、仕事に慣れてきたことで利益も少しずつ増えてきました。
更に、時間が経つにつれて僕も人を使うことに慣れ上手く事業を回せる様になりました。
 
それからは、
売上も利益も右肩上がりに伸び続け2015年は年商7,000万円を突破します。

 

そして、翌2016年4月法人成りし僕は社長になりました。

 

 

社長になって年商1億円


By:Alexis Polegato
 

  • 2013年10月
  • パチプロ:開始

  • 2014年6月
  • パチプロ:引退

  • 2014年7月
  • 転売屋:開始

  • 2014年10月
  • 月商100万円突破

  • 2015年4月
  • 初の従業員雇用

  • 2015年9月
  • 月商600万円突破

  • 2015年1月~12月
  • 年商7,000万円突破

  • 2016年4月
  • 法人化

  • 2016年4月~2017年1月
  • 年商1億円突破

 

過去にはブラックな職場で月12万の給料で使われ、
フリーター時代には貯金もできずギャンブルに明け暮れたダメ人間。
 
そんな人間でも、社長になって年商1億円の企業を経営することが出来ます。
大事なのは自分の心に従い、一歩を踏み出すこと。

 

少しでも今の自分、未来の自分の人生に不満があるのであれば
 
自分が満足出来る様、後悔しない様に行動しましょう。
 
行動することで人生は大きく変わります。
 

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